シリーズ最終回の今日は、自戒も込めて書きたいと思います。
最後までお付合いいただければ嬉しいでつ♪

今までいろいろと我が家の事情を書いてきたわけなんですが、
電気製品にしろ何にしろ、大人になって家計を預かるようになれば
いろいろ考えてお金をやりくりするのは当然ですよね。
でね、自分の物はとりあえず買わないで我慢することができます。
問題は、子供にかかるお金ですね〜。 これは厄介。(笑)
もちろん必要なものは買わなければなりませんが、
どこまでが必要でどこからが不必要か。
子供はそんなことはお構いなしなので、欲しい物があればどんどん言ってきます。
「ママ〜、あれ買って〜。これが欲しい〜」
パパにはあまりねだらないんですよ、ぼそ。
娘(小・6)は今週、修学旅行です。
だからいろんな物が欲しい。
友だちと同じものが欲しい。
息子(小・2)は、ゲームに夢中。
今度は○ラクエのカードが欲しい。
今すぐ欲しい。
すべて却下。るーくままってすご〜い。立派だわ〜。
とんでもない!今までの私だったら、口では我慢しなさいなどと言いながら、
結構簡単に買い与えていたと思います。
友だちと同じ物じゃなきゃ仲間はずれにされる?
自分の子供が切ない思いをする?
子供が可哀想だわ〜
なんてね。
もうね、それらすべての雑念を頭の中から振り払います。
たった1泊の旅行のために、新しい物を買い与える余裕はない。
それなら他にもっと必要な物がある。
ボストンバッグもリュックも家にある物を使いなさい。
カードは自分のおこづかいで買う?
ま、それもいいけどね、アンタ、買ったそばからすぐ飽きるじゃん。
買って半日もしないうちにもう次の新しいカードが欲しくなるよ、きっと。
その時も自分のお金で買うからいいじゃん、て言うのか?
もっと物を大切にしなさい。
同じ物を持ってなきゃ付き合ってくれないような友だちなんか友だちじゃない。
物がなくて切ない思いは、子供のうちにどんどんした方がいい。
第一、本当に物がない生活なんてしていないのですから。あるんです、いっぱい。
子供が可哀想?
いんにゃ、
それは、アンタ、
自分が可哀想〜、って言いたいだけですね、たぶん。
本当にそれが子供にとって可哀想なことなのかどうか、
頭、冷やした方がいい。
与えないのが可哀想なのか、
与えるのが可哀想なのか、
よ〜く考えた方がいい。
あ、今笑ったでしょ?
そうなんだよね〜。私も、よくまあこんな偉そうな事言ってるわ。(笑)
”別にそれ普通じゃん、るーくまま、何そんな事で威張ってんの?”
と、思いますよね。
私ね、今まで「子供に物を与え過ぎてきた」から、最近猛省なんですよ。
GWにディズニー・シーへ行った時も、お土産は買いませんでした。
行けたことだけで十分ですから、あくまでも我が家の場合。買い与えるのは楽ですよね。
その時は「ママ、ありがとう!」なんて子供たちも機嫌がいいし、すべてが丸く収まって。
逆に、我慢させるのはしんどい。
子供たちは不機嫌だし、駄々をこねられたらこっちが泣きたいくらい。
ちなみに息子は駄々こねの達人です。
自分の要求が通らないと、地面にひっくりかえって大声で叫んだものです。
池袋サンシャイン・シティのエスカレーター前でそれをやられた時は、
本当にこっちが泣きたかった。
でも、そういう子供に育てちゃったのは自分の責任ですから。
今はそれでもだいぶ落ち着いてきました。
何か要求して「ダメ」と言われても、あまりカーッとしなくなりました。
親子で乗り越えなければなりませんな〜。
今、我慢することを覚えなければ、この先一生覚えられません。欲しいものを欲しい時に買ってもらえて、いつも与え続けられてきた子供は
ある日それができなくなった時どうするのでしょう。
その時になれば我慢できるようになるのでしょうか。
与えられ続ける時間は永遠には続かないのです。
惜しみなく与えて許されるのは愛情であって、物ではありません。
与えないことによって伝えられる愛もあるのだということを肝に銘じて、
子供たちに向き合っていきたいと、これは、私の反省文でつ。
居酒屋タクシーなどと、たわけた事をしてはばからない大人がこれ以上増えないように、
人様から預かったお金を、自分たちの利害のために使って何とも思わない大人が
これ以上増えないように、まずは自分の子供から・・・
るーくまま、頑張りまつ!
とうとう言い切ってしまいました(汗)どうか暖かい目で見守ってください・・・(*´ェ`*)
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